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【第5回】「障害」という言葉について

  • 執筆者の写真: 楽々かあさん(大場美鈴)🇯🇵
    楽々かあさん(大場美鈴)🇯🇵
  • 2023年4月2日
  • 読了時間: 6分

更新日:11月11日

お元気でしたか?

まず最初に、この「10代のための凸凹学」Blogが久しぶりなので、【第4回】までの要点をまとめます。

  • 個性とは自分らしさであり、自分らしさとは自分の中のいろんなキャラ(パーソナリティ)が天下統一して出来上がっていくもの。10代の個性は現在進行形で作られている真っ最中。

  • 成長の階段のカタチ(発達のしかた)には個人差があり、その登り方もスピードも違う。だが、社会のほうは「標準型」を基準にデザインされていることが多い。

  • 同じ1人の人の中にも「発達の凸凹差」があり、誰にでも得意なことと苦手なことがある。「できる自分」と「できない自分」のギャップが大きいほど、うまく行かない感じになる。

  • 自己理解を深めると、自分の凸凹と上手に付き合えるようになる


…といったお話をしてきました。


「障害」という言葉について

では、今回は「凸凹さん」が自分の個性と環境(社会)との関係性を考えていく上で、理解を深めておいてソンはない、「障害」という言葉について、一緒に考えてみましょうか。


「障害」という言葉は、人によってはすごく重たく感じたり、不安や負担を感じるかもしれませんが……。


👉意外と身近なワード


たとえば、運動会や陸上競技には「障害物競走」などもあるし、街中には「障害者用スロープ」などの設備もあるので、私達の生活の中で見かける結構身近な言葉でもあります。


障害物競走はトラックにいくつも「ハードル」を設置して飛び越えながら走る競技ですし、障害者用スロープは、車椅子利用者などが通行する際、段差などの物理的「バリア」を減らすための設備です。


あるいは、結婚式の披露宴のスピーチで「新郎新婦のお二人は幾多の障害を乗り越えて結ばれ…」なんて使われる場合もあります。

この場合の”障害”は、それまでになんらかの「社会的な妨げ」がたくさんあったことを意味します。

たとえば、ロミオとジュリエットのように、家柄などの違いによって親族に大反対された…とか(少々前時代的ですが…ラノベの恋愛小説ではよくある設定かもですね)。


🤔「障害」って一体、なんだろう?


では、この、「ハードル」「バリア」「社会的な妨げ」とは、一体何なのでしょう。

私は「その人と環境との間にある壁」のようなイメージで理解しています。


壁を見上げる少年
画像生成アプリ:AIイラスト


ここで大事なのは、壁はその人と環境との「間」にあるのであって、その人の中にだけ存在するのではない、ということ。あくまで、2つの関係性があって、初めて生じるものなのです。

(障害という言葉を必要以上に重く受け止めてしまう方は、「人」か「社会」のどちらか一方だけに原因があるように思えるのかもしれませんね)


ただし、「壁」と一言で言っても様々です。簡単によじ登れそうな高さのブロック塀もあれば、壁ドンしたら壊れそうな脆くて薄い壁もあるし、50m級の強固で長大な3重の壁で四方八方囲まれている…なんてこともあるかもしれません。


【努力では乗り越えられない壁=障害】


つまり、個人の「努力で乗り越えられる壁」と「努力では乗り越えられない壁」があるんですね(この2つの違いはいずれまた)。


そして、その人と環境との間にある「努力では乗り越えられない壁」を「障害」という言葉で表すのだと、私は理解しています。


「障害」は、そんなに特別なものじゃないのかも


でも「障害」って、そんなに特別なものではないのではないでしょうか。


☝️身近な「障害」の例:メガネのある私、メガネのない私


たとえば、私は近視で視力が弱く、メガネをしています(小中学生の時にドラクエとテトリスをやり込みすぎました…)。メガネがなければ1m先の人の顔もよくわからず、自分の家の中ですら、自由に歩くことができません。


これをもし、誰かに「がんばって、見えるようになって」と言われても、私の努力では今スグにはどうにも解決できません。

でも、メガネをかけるだけで、車の運転もできてどこにでも行けるし、家事や仕事をするのにもなんの支障もありません。


つまり…


メガネのない私=障害がある状態


メガネのある私=障害がない状態


…なのです。


このように、誰にだって努力で解決できること・できないことはあるのですから、「障害」だって、誰にでもあったり、なかったりするものなのではないでしょうか。


「障害」とは、個人と社会の間にあったり、なかったりする壁


そして、個人でどんなにがんばってもできないことも、メガネのように道具で工夫したり、誰かの手を借りたり、環境を変えることで案外簡単に乗り越えられる壁もあります。

その一方で、大企業や国家ですら、膨大なコストを何年もかけて費やしても巨大な壁を乗り越えらないこともあります(でも、ある日、突然巨人や未知のウイルスが現れて巨大な壁をぶっ壊すことも…)。


このように「努力では乗り越えられない壁」は、誰にでもどこにでもあるのだから、「障害」という言葉を必要以上に特別視しなくてもいい、と私は思うんです。


そして、誰かの行動や生き方の妨げとなる「障害物」も、人と社会の間の至るところにあります。


道端のちょっとした段差から、自分自身や世間の人々の心の中にある、常識や思い込みという強固で堅牢な壁まで……。


そう考えると、「障害」とは、もっと自由に自分らしく生きたいと思う個人の心と、より多くの人が生きている社会との間に、存在したり、しなかったりする、物理的・心理的・社会的な壁なのかもしれませんね。

【あとがき】

コロナ最盛期に始めた、この「10代のための凸凹学」カテゴリーの更新が、実に2年半ぶりになってしまい、楽しみにしてくださっていた方、本当にすみません。待ってる間に成人された方もひょっとしているかもしれませんよね…。

この間にも世の中はどんどん変化し、最近ではAIの進化も著しく、このブログの挿絵もAIイラストを積極的に使うことにしました。

うちの末っ子もこの春から中学生になり、私がここで若い皆さんに伝えたいこともようやくまとまってきたので、今後はもう少し頻繁に更新できると思います。

世界自閉症啓発デーに。


「10代のための凸凹学」連載記事:

【第1回】10代の凸凹さんへ(自己紹介)
【第2回】「自分」と「個性」とは…?
【第3回】発達と「成長の階段」の個人差
【第4回】自分の中の凸凹差
【第5回】「障害」という言葉について
【第6回】環境と適応・不適応・過剰適応
【第7回】個性と環境1〜変化する時代
【第8回】個性と環境2〜1つだけの花が咲く場所
【第9回】個性と環境3〜空気と器のキャパシティ
【第10回】期待される役割(役割期待)
【第11回】「発達障害」って結局どういうこと…?
【第12回】発達障害チェックリストに自分や他人が当てはまる…と思ったときに意識したい3つのこと
【第13回】「障害の社会モデル」の話〜発達障害の"障害物”は、あなただけの問題ではありません

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