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【第8回】個性と環境2〜1つだけの花が咲く場所

更新日:2023年6月8日

【第7回】では、個性と環境の関係性は、時代と共に変化していくということをお伝えしましたね。これは、個人と環境の、いわば「タテ軸」の関係性です。


今回は、今、現在進行形で私達の身に起こっている、環境との「ヨコ軸」の関係性について、考えてみましょう。

つまり、今、その人がどんな環境で生きている or 生きていくのか、という「場所」についてです。

世界に1つだけの花と少年のイメージ
画像生成アプリ:AIイラスト

『世界に一つだけの花』というSMAPの名曲があります。

"No.1にならなくてもいい もともと特別なOnly one" というフレーズが印象的な20年以上前の大ヒット曲なので、私のような親世代には懐かしい歌ですが、皆さんにも合唱コンクールや応援歌、運動会の入退場曲やイベントのテーマソングなど、なにかと馴染み深いのではないでしょうか。(※1)


その歌詞では、1人ひとりの個性を”世界に一つだけの花”にたとえ、「誰もが特別な存在なのだから、自分の個性を大切に生きてほしい」というメッセージが込められていると思いますが、ここでは少し想像力を膨らませて……じゃあ、その、


「世界に一つだけの花は、どこに咲くのか」を、考えてみたいと思います。


イメージしやすいように、仮にこの「世界に一つだけの花」が、レア度がSSRランク並みの「水色のひまわり」だとしますね(お好みで「青い彼岸花」などに置き換えてもいいですよ)。


では、この「水色のひまわり」が幸せに生きられる場所は、どこなのでしょうか。

候補地は無数にありますが、ここでは3択くらいに絞って想像してみましょう。


個性と環境の関係性-花が咲く場所

  1. 黄色のひまわりが咲く場所

  2. 水色のひまわりが咲く場所

  3. 色とりどりの花が咲く場所


……さて、どこに咲いたら「水色のひまわり」は、最も幸せに生きられるのでしょう。


1.の「黄色のひまわりが咲く場所」では、自分だけが水色なので、疎外感や孤独を感じてしまうかもしれません。反面、メチャクチャ目立つので、オンリーワン・ポジションを活かせる可能性もあります。


2.の「水色のひまわりが咲く場所」では、みんな自分と同じ色なので、安心できるでしょう。でも、せっかくの個性が埋もれたり、同じ考え方の人で固まって価値観が偏ってしまう可能性もあります。


3.の「色とりどりの花が咲く場所」では、”みんな違ってみんないい”多様性がありますから、個々の違いは気にならないかもしれません。でも、いろんな種類の花が共生していると揉め事も多そうです。


これらの具体例として、私自身の経験をお話しますね。


私はみなさんと同じ年頃の中高生の頃、「なんで自分はこんなにみんなと違うんだろう」と、人知れず悩んでいました。高校ではそれなりに楽しく過ごせていたのですが、頭の中で思いつくことが人と全く違うので、みんなと一緒にいても仲間になれていないような感覚があったり、知人に「私達とは違うよね」と言われたことに傷ついたりもしました(相手はほめたつもりだったのかもしれませんが…)。


なので、絵を描くことが好きだった私は、自分の個性や価値観の近い人達が集まりそうな美術系の大学に進学しました。そこでは「美大は変わり者ばかり」というイメージどおり、個性的な人達だらけで疎外感を感じずに気楽に過ごすことができました。でも今度は、自分より絵が上手い人やもっと個性的な人が沢山いて「自分ってなんて平凡なんだろう」と悩んだり、特有の内輪ノリが窮屈だったりも。


そこである時思い立って、大学を休学して当時のアートの最先端である、ニューヨークに旅立ちました(いわゆる”自分探しの旅”というヤツです)。"人種のるつぼ"と呼ばれ、移民も大金持ちもホームレスもごちゃ混ぜの「違うのが当たり前」の世界では、私の悩みなどちっぽけなことに思えました。でも、何度か危ない目にも遭いましたし、刺激的ではあるけれど、そこに根付くことはできませんでした。


……つまり、どんな場所で生きる場合も、メリットとデメリットはあるんですね。


そして、「自分にとって、何が幸せか」「何を優先して生きるか」は、自分の考え方や意思次第でもあります。


「ちょっとくらいイヤな思いをしても、みんなに注目されたい!」とか、「いやいや、孤独だけは辛いから仲間に囲まれて過ごしたい」とか、「違いを気にしなくて済むなら、厳しい環境でもいい」とか。


いずれにせよ、大事なのは「どこで生きるかは、自分の意思で選べる」ことではないでしょうか。


もちろん、10代のみなさんは、保護者の都合や経済力、自身の学力や内申点・評定平均その他、様々な条件の制約がある中で、進学・就職先や、生活の場などが決められてゆくので、自由に自分の希望通りの場所を選べるわけではないでしょう。


でも、自分が生きる環境のうち、タテ軸の「時代」はどうにもなりませんが、ヨコ軸である「場所」には、選択の余地があるんですね。

だって、花と違って私達は自分で動けますから! 


大人だって、常にベストな選択ができるとは限りませんが、ベターな選択、マシな選択を繰り返して、今の環境が合わなければ、転職や移住などをして実際に行動することで、自分がよりよく生きられる場所を探し求めることはできます。


それから……思春期から青年期にかけて自分が咲く場所を探し続けた私は、大人になり個性的な子ども達の子育てをしているうちに、もうひとつの場所の選択肢があることにも気がつきました。それは、


 4. 今、いる場所 


です。今スグには、理想的とまではいえないかもしれませんが……今いる場所だって、自分の考え方次第で、そんなに悪くないのかもしれません(あまりにも過酷な環境を除いて、ですが)。


どんな人でも、歌の歌詞のラストにあるように、"一つとして同じものはない"のです。

一見、自分だけがみんなと違う色で疎外感を感じたり、あるいは、自分と同じ色の中で個性が埋もれてしまうように思えても、先入観を捨てて、1人ひとりをよく観察し個別に話してみると、それぞれに違う色がだんだんと見えてくるかもしれません。


逆に、みんながバラバラな色で分かり合えない気がしても、相手の考え方の背景まで理解して、視野を広げてみると、案外同じ光のほうを向いて咲いていることに気づく場合もあります。


それから、今は自分の個性に多少合わない環境であっても、少しづつ土壌を改善して、自分が生きやすい環境に近づけることだって、できるかもしれません。


更には、現代ではネットを始め、様々なテクノロジーがありますから、実際に自分がいる場所に縛られずに、多様な環境の「いいとこどり」だってできるかもしれませんね。


結局、悩み続けた私が経験上言えるのは、「どんな場所で咲いても大丈夫なように、しなやかで柔軟な心を手に入れるのが、自分らしく生きやすい環境を見つける近道」……ということです。

 

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