ゴッホだけには。。。

10.3.2014

子どもが特別な個性=特性を持っていると、ある時は

「うちの子だって、みんなと一緒なんです!」って叫びたくなるし、またある時は、

「うちの子は特別だから。。。」と思う感情が、矛盾することなく存在するのが「親心」というものだと思うのです。

 

発達障害や才能のあるなしに関わらず、「我が子」は親にとって特別な存在であることは間違いなくて、他の子と比べて優越感や劣等感を抱くのも、それだけ我が子のことを我がことのように大事に思っているからこそ、自然に抱く感情だとも思います。

 

なにができてもできなくても、ありのままをほめて認めてあげたいところですが、「こんだけ苦労してるんだから、ちょっとくらい期待したっていいじゃない」と思うことも正直内心ではよくあります。特に学校などで、なかなか本人が実力を発揮できてない状況であれば、「本当はやればできる子なのに」「分かるように教えればできるのに」って、もどかしい思いをしている親子さんは多いのではないかと思います。

 

そんな中、発達障害と天才や偉人との関連性が語られる記事などは、難しい子育てをする親にとって希望の光となるのは、一母親の気持ちとしてとてもよく分かります。

一方で、最近成人の方の問題として、社会不適応や人格障害などの二次障害、ニート、ひきこもり、うつ病、ハラスメントの加害者・被害者になる確率も、発達障害傾向のある方は高くなってしまうようで、現在個人的にとても関心を寄せている課題です。

 

私は特別な個性を持っている子どもは、思ったよりも結構沢山いるので「天才」の素質を持つ子も結構沢山いるのだと思いますが、それが社会的に評価されたり、成功したりして、特性を活かせる人生を歩める大人になる子、目立たずとも仲間や家族を信頼し、周囲の協力を得ながら地道に仕事をしていける大人になる子、そして、せっかくの才能があっても、挫折や失敗体験を繰り返す苦しい人生を歩んでしまう大人になる子がいるように思います。

 

その違いは、私は親の関わり方だと思います。

 

親の愛情が本人に分かり易い形でしっかりと伝わり、ほめられ、認められ、人を信じることを丁寧に教えて貰った子どもは、多少の発達の凸凹があっても、ほどほどに学校や会社、地域などの社会に適応できるようになっていけると思っています。

「社会」が必ずしも理解ある人・環境ばかりとは限らないけれど、親の愛情を感じ、根本的に人を信じることを知ってさえいれば、少々の挫折や失敗も乗り越えられると思います。

 

発達障害の子には「愛情を伝えること」は、ちょっとだけコツがいり、「人を信じること」は、ほんの少し丁寧に教える必要がありますが、、、

 

 

発達障害傾向のある天才や偉人、有名人としてよくあげられる話では、

小学校を中退したけれど、発明王になったエジソンや、ちょっぴり社会性に問題があったようだけど、時代の寵児・ITのカリスマとなったスティーブ・ジョブズ、読字障害で台本が読めないけれど、音声で全て暗記した(しかもイケメンの)トム・クルーズ、、、他にもオリンピック選手や大統領、実業家、研究者、文豪、芸術家など、発達の凹みを乗り越えて、素晴らしい才能を開花させた例は多数あって、親としては本当に励まされるものです。

 

ですが、、、私は、最近よく思うことがあります。

 

うちの子には、才能なんかなくたっていいから、

「ゴッホだけには! ゴッホだけには、ならないで」と。

 

。。。ゴッホの人生知っていますか?

 

今でこそ、ゴッホの絵画には値がつけられないほどの価値がありますが、、、

ゴッホの生前、絵が売れたのは一枚だけだったそうです。

その才能は幾多の天才の中でも際立って突出しているように思えますが、ゴッホほど苦しみに満ちた人生を送った天才も少ないのではないかと思います。

 

6人兄弟の長男として生まれ、どんな仕事をしても続かず、唯一の理解者、弟のテオに依存し、仕送りしてもらって生涯ニート生活。未亡人や人妻に片想いをしては破綻し、相手が自殺したことも。友人のゴーギャンとの共同生活はうまくいかず、自ら耳を切り落とすという自傷行為に及ぶ。弟の結婚と同時期に自ら精神病院に入院し、見捨てられる不安から、発作や錯乱を繰り返す。ようやく才能が認められ出した頃、拳銃で自殺。(弟も翌年に衰弱死。。。)

 

1889年作「包帯をしてパイプをくわえた自画像」

 

参考:ゴッホの生涯

http://kajipon.sakura.ne.jp/kt/gogh.html

 

ゴッホの画家としての偉大な功績はともかく、例えどれだけ才能があったとしても、我が子にこのような人生を歩んで欲しいと願う親はいないと思います。

ゴッホと両親に関して、詳しい記述はあまりなかったものの、父とはよく衝突し、両親は自分が家に入ると野良犬のような目で見る、という意味の手紙などを残しています。

 

愛情や承認への多少の飢えは、ハングリー精神にもつながり、それを原動力に成功した人も多数いるでしょう。挫折や失敗を繰り返しても、精神的に自立し、例え記憶の上でだけでも、戻れる場所がある人はなんとかなるように思います。ですが、ゴッホには唯一の理解者の弟テオがいましたが、終始依存(共依存)し、経済的にも精神的にも自立することができず、弟に見捨てられることが不安で、弟の結婚と子どもが生まれたことを機に精神状態が悪化し、自殺してしまっています。

 

ここまで極端な例でなくとも、自立できず、大人になっても親や他者に依存してしまっている大人は近年とても多く、社会問題化しています。(私も29歳まで父と二人で暮らしていました。父の介護をしていましたが、経済的にはお世話になっていました)

 

毎日100%の愛情で我が子を包んであげることは、理想ではあるけれど、現実的にはとても難しいことです。学校や友達が本人を常に承認してくれる存在であるとも限りません。

 

でも、子どもの頃に、ほんの少しでも親の愛情を感じられる経験や、ごく一部の理解者・支援者が認めてくれているだけでも、天地の開きがあるのではないかと思います。

ゴッホにだって、そんな体験はきっとあったと思います。問題は本人がそこに気づいているかどうか。親の些細な行動や、よくよく周りに目を向ければ、私はゴッホはとても愛されている存在であると感じました。

ゴッホが発達障害かどうかは分かりません。アスペルガーの著名人としてあげられることもあるし、癲癇や統合失調症の症例となることもありますが、、、発達障害であってもなくても、社会不適応で深刻に苦しんでいた成人の一人なのでしょう。

 

子育ての最終目的地は「自立」です。

そのために、私が今やっているのは(できる時もできない時もあるけれど)

「愛情を分かり易く伝えること」

「人や環境との付き合い方を、丁寧にひとつひとつ教えること」です。

 

どれだけ親が苦労しても、それが本人に分かる形で伝わってなければ、自立のために必要な栄養にはなっていきません。本人が根本的に「人の信じ方」を知らなければ、たとえ周りに理解者・支援者がいても、孤独なままです。心身ともに自立(親離れ)できていなければ、依存するものを常に探し、大抵の場合相手には負担が大きく離れてしまったり、うつ状態などに追い込んでしまって、本人はより孤独を強めてしまいます(ゴッホの弟テオは本当に忍耐強い、敬愛できる人物だと感じます)。親以外にはできないこと、難しいことがいっぱいあるんです。

 

子どもが大人になってからできることはだんだんと限られてきます。

(それでも、できることはあるので、親子関係の修復などはいくつになっても行動次第だと思います)

成人してから他人ができることも限られています。(自分でできることはいっぱいあります)

 

親が今できることは、今やる。

抱っこできるうちは抱っこし、おんぶできるうちはおんぶします。

手をつなげるうちは手をつなぎ、そばで見守れるうちは一緒にいます。

毎日完璧じゃなくてもいいから、できる範囲で愛情を伝えてあげます。

 

それが、我が子をゴッホにしないために、私が今できることです。

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こんなことを最近考えていたら、当HPをご覧になった研究者さんから、偶然メッセージを頂きました。心理学を元に、親の「子育てタイプ」を分析するツールの開発に尽力されているそうです。ツールの完成のためにクラウドファンディングで、調査資金を募っているとのこと。発達障害の子の育児の指針の一助になると思うので、応援したいと思いました。

 

ブログをご覧の皆様にも、もしよろしければ、支援・シェアなどで、ご助力頂けますと幸いです。

 

「子育てタイプ分析ツールで軽度発達障害の子の自尊心を保ちたい」

 https://readyfor.jp/projects/bunseki-tool